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最高裁判所大法廷 昭和40年(オ)959号 判決 1968年7月17日

上告人

河崎ミドリ

ほか三名

右四名訴訟代理人

藪下晴治

被上告人

松永金作

右訴訟代理人

吉田安

右訴訟復代理人

尾形再臨

主文

原判決中、上告人ら各自に対し、金五万六七五六円および内金四万二五〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年一割八分の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年二割の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年二月一五日より完済まで年五分の割合による金員をこえて支払を命じた部分を破棄する。

前項記載の破棄部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

原判決中、第一項掲記の金員を命じた部分に関する上告人らの上告を棄却する。

訴訟費用は、第一、二、三審を通じ、上告人らの負担とする。

理由

上告代理人藪下晴治の上告理由第一点について。

訴外亡河崎正男はその所有の熊本県八代郡竜北村鹿島字西の間七四七番の一宅地一二一坪一合八勺および同地上所在家屋番号同所一二九番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二七坪を被上告人に対し、代金四五万円で売り渡したことは、当事者間に争がないとして、原審の適法に確定した事実であり、右代金のうち三六万円をもつて、同訴外人は被上告人に対する本件とは別口の債務の弁済にあてた旨の原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、首肯できないものではない。また、この認定の過程において、採証法則の違法はない。したがつて、原判決には、所論の違法はなく、論旨は採用できない。

同第二点について。

(一)  金銭債務の不履行による損害賠償の額は、これにつき別段の約定がある場合のほかは、法定利率(年五分、ただし、商事にあつては年六分)によつてこれを定めるのを本則とし、ただ、損害賠償の額について約定がないときでも、利息について約定があり、その利率が法定利率をこえる場合には、その約定利率によるものとすることは、民法四一九条一項の定めるところである。これを、さらに、利息制限法との関係を考慮しながら詳述すれば、消費貸借上の金銭債務の不履行による損害賠償の額は、

(い)  これについて別段の約定(損害賠償の額の予定)がある場合には、その額によるものとし、裁判所はこれを増減することをえないが(民法四二〇条一項)、その額が利息制限法四条一項の制限をこえるときは、右制限額にまで減縮される。

(ろ) 損害賠償の額について約定がなく、利息の約定がある場合において、

(イ) 約定利率が法定利率をこえるときは、約定利率により算定する(民法四一九条一項但書)。これは、利息の約定は損害賠償の額の約定ではないが、期限前には法定利率をこえる約定利率による利息を支払うべきものとされていた債務者が、期限後にはそれより低い法定利率の限度で損害金を支払う責に任ずるに過ぎないものとすることは、不履行の責のある債務者に寛大に過ぎ、債権者の保護に欠けるところがあるので、この場合には、損害金もまた利息と同率をもつて算定するのを相当とした趣旨であると解される。もつとも、利息の約定が利息制限法一条一項の制限をこえるときは、利息の額は右制限額にまで減縮されるから、損害金もおのずからそれと同額、すなわち減縮された利率によつて算定することとなるものと解するのが相当である。

(ロ)  約定利率が法定利率をこえないときは、法定利率により算定する(民法四一九条一項本文が適用される。)これは、利息の約定は、本来、損害賠償の額の約定ではないのであるから、利息の約定が法定利率以下である場合には損害賠償の額につき約定のない場合における本則に立ち帰り、法定利率によりその額を算定することとしたものと解される。

(は)  損害賠償の額について約定がなく、利息の約定もない場合には、法定利率により算定する(民法四一九条一項本文)。

(二) これを本件についてみるに、原判決は、上告人ら各自に対し、原判示一の(一)(イ)の貸金一七万円については、その四分の一である金四万二五〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年三割六分の割合による遅延損害金、同一の(一)(ロ)の貸金二万円については、その四分の一である金五〇〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年二割四分の割合による遅延損害金の支払を命じていることは、所論のとおりである。そして、本件記録に徴すれば、被上告人は、第一審以来、前示(イ)の一七万円の貸金債権については月三五厘の利息の約定、前示(ロ)の二万円の貸金債権については月二分の利息の約定があつたことを主張するに止まり、不履行による損害賠償の額について約定があつたことをなんら主張していないのであるから、原審が前示利率による遅延損害金の支払を命じたのは、本件については民法四一九条一項但書の適用があるものとして、被上告人主張の利息に関する約定利率により損害金の支払を命じたものと解するのが相当である。もつとも、原審は、利息について約定があつたときは、それと同時に損害金についても同一内容の約定があつたものと認めるべきであるとの見解のもとに、前示のごとき判断を示したものと解する余地もないではないが、利息と損害金とは法律上の性質を異にすることに着眼し、利息の約定と損害金の約定とを区別して規定しているものと解される前示民法の諸規定、ことに四一九条一項但書の法意に照らせば、前示のごとき見解は、たやすくこれを採用することをえないものと考えられる。けだし、右のごとき見解を採用することができるとすれば、消費貸借上の金銭債務の不履行による損害賠償の額の問題は、利息について約定があるかぎり、結局、前示(い)(損害賠償の額について約定がある場合)に示した原則のみによつてまかなわれることとなり、民法四一九条一項但書がとくに設けられた理由は失われることになると思われるからである。そして、右のごとき見解を採用することができないものとすれば、原判決の前示判断の適否は、もつぱら民法四一九条一項但書の適用の適否によつて判定しなければならないこととなる。

(三) ところで、民法四一九条一項但書の法意は、債権者は、期限前に利息として適法に支払を求めることができるのと同額のものを、期限後は損害金として支払を求めることができるというのであり、利息の額が利息制限法一条一項の制限額まで減縮される場合には、損害金の額も、おのずから、右のように減縮された限度に止まるべきものと解すべきことは前に説示したとおりである。したがつて、以上とは異なり、利息制限法一条一項の制限をこえる利息の約定も、損害金の額を算定するための基準としてこれを用いる場合には、それが損害賠償額の予定の制限に関する同法四条一項の制限をこえない限度においては有効であり、損害金はそれを基準として算定すべきであるというような解釈は、とうていこれを採用することをえない。

これを本件についてみるに、利息制限法一条一項の規定に照らせば、原判示(イ)の一七万円の貸金債権について許容される利息の最高利率は年一割八分、(ロ)の二万円の貸金債権についてのそれは年二割であるから、右各債権に関する損害金も右限度をこえて請求することができないことが明らかである。したがつて、原判決が前示各債権につき上告人各自に対し遅延損害金の支払を命じた部分のうち、右限度をこえる部分は失当であり、所論は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

しかし、原審が適法に確定した事実に法律を適用すれば、被上告人の本訴請求は、その余の部分については理由があるものと認められる。

よつて、民訴法四〇八一号、三九六条、三八四条、八九条、九六条、九二条、九三条に従い、裁判官奥野健一、同草鹿浅之介、同石田和外、同田中二郎、同大隅健一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の反対意見は、次のとおりである。

民法四一九条一項本文は、金銭債務の不履行について、損害賠償の額は、法定利率によることを原則としながら、その但書として、約定利率が、法定利率をこえるときは、約定利率によるものと規定している。これは、金銭債務につき当事者が、法定利率をこえる約定利率を定めているときは、特別の定めのない限り、当事者の意思は、弁済期の前後を通じて、右約定利率による利息(対価)を授受する趣旨であると解するのが相当であるとの考えに基づいたものと思われる。

そして、右約定利率による利息(対価)の弁済期以後の部分は、不履行による損害賠償に該当する所謂遅延利息であり、しかも、その損害賠償の額は、当事者が予め定めた約定利率によるべきものと定められているのであるから、同条同項但書は、金銭債務について、不履行の場合の損害賠償の予定しているものに外ならない。

それ故、金銭を目的とする消費貸借上の債務に対する弁済期以後の遅延利息については、利息制限法四条の賠償額予定に関する制限の範囲内において約定利率による損害金の請求をすることが許されるものと解すべきであつて、同法一条の適用を受けるべきものではないと解する。けだし、当事者の約定は、強行法規に反しない限り、出来るだけ、これを尊重することが、債権法の原則であつて、利息制限法の制限を超過する約定利率の定めのある場合には、少なくとも利息制限法において許される最高限度の範囲において、その約定利率による遅延利息を授受しようとするのが当事者の意思であると解すべきであるからである。

したがつて、上告人らが各自被上告人に対し、金五万六七五六円および内金四万二五〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年三割六分の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年二割四分の割合による金員、内金〇〇〇円に対する昭和三四年二月一五日より完済まで年五分の割合による金員の支払の責に任ずべきものであるとした原判決は正当である。

裁判官草鹿浅之助、同石田和外、同田中二郎は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。

裁判官大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。

一、法律的にいえば、金銭債権における利息は元本利用の対価であるに対し、遅延損害金はその履行遅滞につき損害賠償として支払われる金銭であつて、両者が異なる性質のものであることはいうまでもない。しかしながら、一般取引の常識においては、このような区別を意識することなく、利息も遅延損害金もひとしく元本利用の対価と考えているのが普通である。このことは、遅延損害金がしばしば遅延利息とよばれている事実に徴しても、窺うにかたくない。したがつて、本件における被上告人請求の一七万円の貸金のように、当事者がその利息を年四割二分(月三分五厘)と約束した場合には、債務者は元本が完済されるまではずつと元本の利用に対して年四割二分の対価を支払うこと、法律的にいえば、弁済期までの利息を年四割二分の割合で支払うのみならず、弁済期に弁済をしなかつた場合の遅延損害金も同様に年四割二分の割合で支払うことを約したものと解するのが、当事者の意思からみても、一般取引の常識からいつても自然であるといわざるをえない。その意味で、金銭の貸借契約において「利息年四割二分」と定められている場合には、特段の事情がないかぎり、「利息および遅延損害金年四割二分」と定められているのと同様に解するのが相当である。多数意見によれば、前のような定めがある場合には、利息および遅延損害金ともに利息制限法一条の定めに従い年一割八分の率となるのに対し、後のような定めがある場合には、利息は同法一条により年一割八分、遅延損害金は同法四条一項によりその二倍の年三割六分の率になると解されるであろうが、このような見解は、前述したところからみて、あまりにも形式的な一般の常識に合わない解釈といわなければならない。

二、民法四一九条一項は、金銭債務の不履行の場合における損害賠償、すなわち遅延損害金の額は、法定利率によるが、法定利率をこえる約定利率の定めがあるときは、その約定利率によるべきものと定めている。多数意見は、この規定からいつて、約定利率の定めがある場合にも、その利率が利息制限法一条所定の制限をこえているため同条により減縮されるときは、遅延損害金の額もその減縮された利息の率によるのが当然であり、それをこえる遅延損害金の支払が認められるためには、民法四二〇条一項によりこれに関する明示の特約があることを要するとするのである。しかし、遅延損害金の約束が明示でなければならないと解すべき理由はなく、前述のとおり、利息の約定が同時に遅延損害金の約束をも含むものと解するのが当事者の意思に合すると認められる以上、右の民法の規定の解釈からいつても、本件の一七万円の債権におけるように、利息年四割二分とする旨の定めがある場合には、利息は利息制限法一条により年一割八分の限度においてその効力を有し、遅延損害金は同法四条一項により年三割六分の限度においてその効力を有するものと解するのが合理的であるといわなければならない。旧利息制限法は、遅延損害金の約束につき特別の制限を設けることなく、ただ裁判官の裁量により相当の減額をすることをうるものとする(旧利息制限法五条)と同時に、商事債権についてはこの規定の適用をも排除していた(商法施行法一一七条)のであるから、ここでは、明示の特約がないかぎり、約定遅延損害金の額も利息制限法の規定により減縮された利息の利率によるものとして、多数意見のように解せざるをえなかつたのであるが、現行利息制限法は民事債権および商事債権を通じて遅延損害金の額を一定の利率をもつて制限するたてまえをとつているのであるから、右の民法の規定についても、旧利息制限法のもとにおけるような解釈がそのまま妥当するものでないことを知らなければならない。多数意見はこの点につき無反省に従来の解釈を墨守するものとの批判を免れないであろう。

なお、法定利率に満たない約定利率により金銭の貸借がなされている場合には、その弁済期の翌日以降の遅延損害金は、民法四一九条一項により、法定利率によつて算定されることになるわけであるが、このことは、前記のように利息について約定がなされているときは、特段の事情がないかぎり、利息および遅延損害金について同率の約定がなされているのと同様に解すべきであるとの見解と矛盾するものではない。けだし、法定利率に満たない約定利率による金銭の貸借がなされる場合には、通常、弁済期までにその弁済がなされることを予定し、履行遅滞による遅延損害金については特段の約定がなされていないものと解するのが相当であり、したがつて、民法四一九条一項が適用されて、遅延損害金は法定利率によつて算定されることとなるからである。元来、金銭の使用は、通常、法定利率に相当する額の利益を生むものであつて、弁済期に弁済を受けることができない債権者は、法定利率に相当する利息を支払つて、他から金銭を借り入れ、弁済期に支払を受けたと同様の目的を達することができるのである。同条項の趣旨とするところは、右のような点に着目し、利息について法定利率に満たない約定利率による金銭の貸借がなされているときでも、弁済期に弁済がされないときは、その不履行の事実を重視して、債権者が債務者に対して請求できる遅延損害金の利率を、とくに法定利率によらしめることとしたものにほかならない。それゆえ、法定利率に満たない約定利率による金銭の貸借がなされた場合につき右のように解しても、なんら矛盾するものではない。

三、多数意見の根抵には、経済的弱者たる借主の保護の必要という考慮がつよく働いているものと認められる。もとより、借主の保護は十分考えられなければならないが、しかしあたかもその考慮に基づいて制定された利息制限法が、利息の約定につき同法一条の制限を付すると同時に、遅延損害金については同法四条一項の限度の約束を許している以上、その立法の範囲内においては、一般の法律行為におけると同様、当事者の合理的意思に即した解釈がなさるべきである。もしそのため借主にとつて多少不利益な結果を生ずるとしても、それは利息制限法自体の立法的欠陥に起因するものというほかない。加うるに、多数意見のような見解をとつてみても、債務者がいつたんその制限をこえた遅延損害金を支払うときは、もはやその返還を請求することをえないのみならず、貸金業者は当然に今後は利息のほか遅延損害金についても明示の特約をする手段に出るであろうことは見やすいところであつて、はたして借主の保護としてどれだけの効果があるか疑問といわざるをえない。むしろ、この際、利息制限法自体の立法政策的な欠陥を明らかにし、必要があればその改正を促す方途に出ることが、借主保護の目的を実現するためにも適当というべきではなかろうか。

以上により、上告人らが各自被上告人に対し、金五万六七五六円および内金四万二五〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年三割六分の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年二割四分の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年二月一五日より完済まで年五分の割合による金員の支払の責に任ずべきものであるとした原判決は正当であると考える。

(横田正俊 奥野健一 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 田中二郎 松田二郎 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 入江俊郎は、海外出張のため署名押印することができない。)

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